ようこそ。
ここは、ちょっと変わった動物たちが住む不思議な世界。
ちょうど、私たちが住む世界でいうところの
中世のファンタジーのような世界、といえば
想像ができるでしょうか。
その、別の世界に住む住人たちのことを、今日は一緒に覗いてみましょう。
彼は、フェネックギツネのノア。ちょっぴり臆病だけれど嘘がつけない
真面目な男の子です。
そして小さな哲学者でもありました。
ノアは、みんなよりも少し思慮深い性格なので、何かにつけて
「どうして?」
「なんでだろう?」
と疑問に思ってしまうのです。
1ヶ月前は「どうして林檎は赤いの?」と聞き
1週間前は「どうして朝は明るくて、夜は暗いの?」と聞き
昨日にいたっては
「どうして僕は、生まれた時から体がおぼろげなの?」
とまで考え始めてしまいました。
いつもその質問攻めにあうお父さんは、決まってノアにこう言うんです。
「どうしてだと思う?考えてみて、分かったらお父さんに教えてごらん」と。
ノアは教えてくれないのが分かっていても、どうしてもお父さんに聞いてしまいます。
だって、同じ質問を友達にすると、訝しい表情で
「そんな難しいこと、どうして考えるの?一体何の役に立つの?」
と言われるし、
おじさんに質問をすると
「大人になれば全部わかるようになる!」
と、なぜかすごく不機嫌そうに言い返されるんです。
その度にノアは、なぜか心にぽっかり穴が空いたような気持ちになって
自分が大きい水玉のなかに入っているような
体の周りがふわふわしてきて、それがちょっぴりつらかったんです。
だからいつも最後は、答えてくれないと分かっていても
お父さんに質問してしまうのでした。
お父さんは怒らないし、変な顔はしないし
何よりなぜか、いつも嬉しそうに
「どうしてだと思う?」
と言ってくるのが、ノアはほんの少し嬉しかったんです。
ノアは、朝起きて、窓から覗ける林檎の木をもう一度見つめました。
どうして林檎は赤いのか、やっぱりどうしても分かりません。
ところが今日は、じっと見つめていると、ノアは
「あ!」
という発見をしました。
いてもたっても居られなくなって
窓から飛び出して林檎の木の下へ
一目散に走り始めたノア。
木の下までたどり着いたノアは
嬉しそうに息を切らしました。
大きな木にたくさんなっている林檎たちを見比べると
赤くなっている林檎と、まだ青い林檎があったのを発見したのです。
そして、赤い林檎はたくさんの太陽が
いつも当たっているところに集まり
青い林檎はいつも建物の陰になって
なかなか太陽の光が当たらないところに集まっていたのです!
「太陽の光が当たるから林檎は赤いんだ!」
真っ赤な林檎を1つ掴んで
ノアは走りながら大きな声で
お父さんを呼ぼうとしました。
でもその時、
「…あれ?」
ノアはピタッと足を止めて、もう一度手の中の真っ赤な林檎を見つめました。
「でもどうして、太陽の光をたくさん浴びると、林檎は赤くなるんだろう」
と、新しい疑問が頭をぐるぐるし始めたのです。
太陽の光を浴びるから林檎は赤い。
これでも十分立派な発見だった、とノア自身も思いました。
けれども、その新しい疑問が頭に湧くと
なにか、もっと重要なことを見逃しているような気持ちになって
ノアは全然納得できなくなってしまったのです。
もともと、おぼろげな体をしているノアですが
疑問が頭をぐるぐるするたびに
もっと自分の体がおぼろげになっているような気がしました。
もちろんそれは、ノアの気のせいなのですが。
真っ赤な林檎を持った手を見つめて、やっぱりこう思ったのです。
「どうして僕は、生まれた時からおぼろげなんだろう」
家に帰ってノアは、早速お父さんに質問しました。
「お父さん。どうして僕はおぼろげなの?」
それを聞いてお父さんはこう言いました。
「ははは!ノア、またその質問かい?お父さんを見てごらんよ!」
そう。お父さんはノアよりも
もっともっとおぼろげで
目や口はもちろんのこと体全体がおぼろげなんです!
でも、いつだってお父さんの表情は誰よりも分かりやすいんだ
ってノアは思っています。
友達やおじさんは
本当に笑っているのか、本当に怒っているのか
たまに分からなくなってしまうけれど
お父さんの表情はなぜか分からなくならないんです。
おぼろげなのに!
ノアは続けました。
「お父さん、僕、どうして林檎が赤いのか分かったんだ。
太陽の光をたくさん浴びると林檎は赤くなるんだ。
それが分かった時は体にビビビって電気が走って
すごくワクワクしたんだ!
でも、でも、どうして太陽の光をたくさん浴びると
林檎が赤くなるのか分からないんだ。
これが分からないと、僕はなぜか
林檎のことを何もわかっていないような気持ちになってしまうんだよ。
父さん、どうして林檎は赤いの?どうして僕はおぼろげなの?」
それを聞き終わるとお父さんは、いつもよりも嬉しそうな顔を浮かべました。
「そうかそうか。ノア。今日は特別に、少しだけヒントをあげよう」
「ヒント!?」
お父さんがそんなことを言ったのは初めてだったので
ノアはとてもびっくりして、両耳がピンと伸びてしまいました。
お父さんはノアの、そのピンと伸びた耳をくしゅくしゅと
優しくなでながら言いました。
「いいかいノア。この世は暗号のようなものなんだ。
ノアがいつも不思議に思うように
目に見えるものや聞こえてくるものは
実はほとんどが暗号のように鍵が施されていてね。
そろそろノアも、その鍵を探し始めていい頃かもしれないな。
ノア、旅に出なさい」
「旅に!?」
お父さんになでられて、せっかく柔らかくなったノアの両耳が
またピンと伸びてしまいました。
だって、今まで何度も何度もお父さんに
旅に出たいってお願いをしても
いいよと言ってくれなかったものですから。
「この世界には、ノアが想像するよりも
たくさんの動物が存在するんだ。
色んな動物たちの話を聞きなさい。
そして、少し勇気を振り絞って
色んな質問をしてみなさい。
そうすれば、ノアにも暗号を解く鍵が
手に入るかもしれないからね」
ノアは旅に出られることが嬉しくて嬉しくて、口早に言いました。
「お父さんありがとう!
旅に出れば、どうして僕がおぼろげなのか、いつ頃分かるかな!?
朝がどうして明るくて、夜がどうして暗いのかも分かるかな!?
お父さんは、今までいくつ暗号を解く鍵を見つけられたの!?」
お父さんの予想をはるかに超えて
ノアが喜びはしゃぎ始めたので
お父さんは少しだけ、やれやれ、と微笑みながら
「さあ、ヒントはここまでだよ。もう行きなさい。
寂しくてたまらなくなったら、いつでも帰ってきなさい」
と、ノアが持っていた真っ赤な林檎を受け取りながら言いました。
こうしてフェネックギツネ、ノアの
とてもとても長い旅が始まりました。
ノアは、いったいどんな動物たちに巡り合っていくのでしょう。
不思議な旅の始まりです。
「ノア」
お父さんが、勢いよくドアを飛び出そうとするノアを呼び止めます。
そして、ノアがあまり見たことのない表情で
お父さんはこう言いました。
「ねじ巻き山の白い鳥、イトにはまだ、近づかないほうがいいよ」
続く
第一話 どうして林檎は赤いのか 作:OChOK